『子どもの英語嫌いをなくしたい!』
第1章「英語嫌いを作らないために」より
「苦手」と「嫌い」はまったく違う
英語が「苦手」な子と、英語が「嫌い」な子。木村達哉先生は、この二つはまったく違うといいます。西大和学園と灘校で33年間英語を教えてきた著者が、子どもの英語学習に悩む保護者と先生に向けて書いた一冊から、第1章の最初の2項目をお届けします。
「苦手」と「嫌い」はまったく違う
最初にお伝えしたいのは、「苦手」と「嫌い」は違うということです。
野球が苦手な子、水泳が苦手な子、歌うのが苦手な子、いろんな「苦手」がありますよね。皆さんはなにが「苦手」でしょうか。
私は書道が苦手でした。今は沖縄の我部天心先生に時折教えていただいていますが、いつも「いやいや、ここをね」と指摘されてばかりいます。でも、「嫌い」じゃありません。上手くなりたいなと思います。年齢を重ねて、毛筆で手紙を書けるようになりたいという欲があります。なにかコツのようなものをつかみ、練習を重ねればきっと「苦手」から少しずつ脱却できると思います。
一方、「嫌い」というのはかなりエネルギーが必要です。もうやりたくない。嫌で嫌でしょうがない。なんでこんなことしないといけないのかわからない。遠ざけておきたい。こういう気持ちが働くのが「嫌い」ですね。
いったん嫌いになると、コツや上達法を受け入れる素地となる「気持ち」が離れます。ですので、英語を学び始めた人を教える際には、最初は「苦手」でいいのだけど、「嫌い」になっちゃうと挽回するのにめちゃくちゃ時間がかかるから、嫌いになりそうになったら面談するので言ってね、と伝えます。
とある校長先生と話をしたとき、「木村先生、以前なら中学から英語学習がスタートだったから、苦手な子を少しずつ得意にしてやれたんだけど、今は小学校で英語を嫌いにさせる先生がいるから、もう気持ちが離れてしまってるんだよね」とおっしゃいました。
嫌いになると大変です。気持ちが離れるからです。苦手なのは大丈夫。英語は知識量と努力の方法で決まりますからね。君は苦手なんじゃなくて、まだ覚えていないだけだからできなくて当たり前なんだよ、と言ってあげられます。安心させて、そのうえで少しずつ知識を増やしていってあげればいいのです。
もし子どもが「嫌い」と言ったら、どうすればいいでしょうか?
どうして嫌いなのか、すぐに結果を求めようとしていないか、どこに原因があるのか、しっかりと話し合うことです。小学生で「嫌い」になると、この後の長い人生ずっと英語から離れる可能性もあります。それではあまりにも残酷です。よい指導者に恵まれさえすれば、嫌いになんか絶対になりっこないのです。人生始まったばかりの子どもに「嫌い」なんて言わせちゃ駄目ですよね。
英語ができるようになるために大事なのは才能ではなくやり続けることです。
そのためには嫌いにならず、気持ちを離れさせないことが大切です。
そうするために、親として先生として、どうすればいいのかをお伝えしていきます。
口出しはぐっとこらえて
保護者と話していると「お兄ちゃんはよくできるんですけどねえ」などとおっしゃいます。愚痴を言いたくなる気持ちはわかります。でも、それを言って何になるんでしょうか? 本人は傷ついて余計にやる気がなくなるし、先生がそのお兄ちゃんを知っていれば違いを説明できるんでしょうが、知らない場合は苦笑するしかありません。
『親が子どもに言ってはいけない言葉たち』という本を出そうかと思うぐらい、子どもたちは親に傷つけられます。不登校の要因として「親との人間関係」がトップにきているという調査もあります。灘校生との面談で多いのも家族との関係、とりわけ親子関係で悩んでいる生徒たちでした。
親にとってはいつまで経っても「小さな我が子」なんでしょう。でも、子どもたちは親の持ち物ではありませんし、早い子だと小学校4年生ぐらいから「僕は親とは違う」「私は親の持ち物ではない」という気持ち、つまり自我が芽生えます。
子どもから見れば家族とはいえ、自分はけっこう成長してきたと思っている年齢です。父親や母親とは同じ人間同士、大人同士ぐらいに思っている子たちもたくさんいます。そんなときに、親が自分を批判しているのを聞くと耐えられません。なにを分かっているんだという気持ちになり、「そんなに言うならもっと勉強しないでやる」と子どもっぽいことを考えてしまいます。
以前出した本に「勉強しろと言われて勉強する子どもなどいないのだから、親も教師も言うべきではない」と書きました。私は我が子にも生徒たちにも勉強したほうがいい理由を説明することはあっても、勉強しろなんて言ったことがありません。
ある講演会に参加してくださった女性が「勉強しろと言わなくなったら、気味が悪いぐらいに勉強するようになりました。メルマガに書いてあったとおり、『勉強しないならそれもいい。堕ちるところまで堕ちなさい。私は私で人生を愉しむから』と言って放っておいたら、勉強し始めて、今はけっこうな成績になっています」と言ってくださいました。
「嫌い」という状態は最悪です。だって「勉強していない」という状況なら、始めさえすればあとは右肩上がりですよね。一方で「嫌い」はけっこうなエネルギーが要るはずです。嫌いな状態から伸ばすのはかなりきつい。
親がその原因になるのは考え物です。味方であるはずの親が、もしかしたら子どもにとっては敵に見えてしまう瞬間があるかもしれません。
誰かと比べるのが駄目なのは言うまでもないですが、余計なひと言でやる気を削がないよう気を付けましょう。なにが「余計なひと言」なのかわからないのであれば、もうなにも言わないぐらいでちょうどいいのです。
(この続きは本書で)

